◆8月19日
6時半。
深夜の『騒音』はさすがに堪えたようで、キャンプの朝と考えれば十分すぎるほどの寝坊だ。まだ何となく眠い気はするが、二度寝するのも少し勿体ない。
シュラフから這い出し、コッヘルを載せたバーナーに火を点けて、マグカップにドリッパーをセットする。テントをひっくり返して、しっとりと濡れたグランドシートを乾かしながら、濃いめに入れたコーヒーで目を覚ます。
朝食を食べながらツーリングマップルをめくるのは、旅の朝の儀式みたいなものだ。
それにしても、昨晩は参った。
なんとなく、まだ少し苛立ち抱えたままだった。こんな気分のまま旅を続けるのはどうにもツマラナイ。ここはひとつ、美味しいものでも食べて気分転換することにしよう。そう自分に言い聞かせた。まあ、一種の言い訳みたいなものだ。
岩内の市街地を抜ける途中、川面にまるで鏡のように空が写りこんでいた。
流れがあるにもかかわらず、これほどまでにくっきりと写し出されるものなのかと、しばし橋の上にバイクを止めて見惚れてしまった。向こうに見える山は、羊蹄山だ。
積丹半島を時計回りに走り出す。
最初に訪れた時は、神威岬のあたりで道が途切れており、半島を一周出来なかったのを思い出す。なかなかに訪れにくい場所だったのだ。
それだけに、アクセスが大幅に改善された今は、つい気軽にハンドルを向けてしまう。こればかりはインフラの整備に感謝せざるを得ない。
もちろん、訪れにくいからこその魅力や価値もあったのだが。
閑話休題。
さすがに腹が減った。遅めの朝メシといこう。
神威岬の入口を通り過ぎ、その先の国道沿いにある『食堂うしお』がお目当ての店だ。
地元では不漁続きとのことで、今日は隣町の古平産のうにが供されていた。そのために少々エクストラコストが掛かることになったが、目の前に運ばれてきた丼を前にすれば、そんな思いは一蹴される。
生うにだから当然ではあるのだが、ミョウバンで固められていないためにつやつやと瑞々しい。
ご飯の上にたっぷりと敷き詰められた生うにに、少しだけわさび醤油を垂らすのが自分の好みだ。
ものの5分で、儚くも丼は空になる。相変わらず罪深き一品だ。
それでも北の大地で食すこの魅力には、到底抗えそうにない。また来よう。
この時期、半島の残りを余市側へ回るのは得策ではない。
北国の短い夏を満喫するためか、海水浴場に人と車が集中するからだ。少々不本意ではあるが、来た道を岩内へと引き返す。
そのまま日本海に沿って、海岸線をなぞるようにゆっくりと南西へ下っていく。
今年の旅もそろそろ終わり。後ろ髪をひかれる思いはいつもの事だが、その度についいつもよりスロットルが緩んでしまうのだ。
国道から随分と山への入ったところに、上ノ国ダムはあった。
いつもながら、よくもまあこんな山深いところに巨大な構造物を造ったものだ、と思う。だが、その違和感にたまらなく惹かれてしまうのだから、ダム巡りはやめられない。
だが今回は、久しぶりに松前半島を白神岬経由で走り通すつもりだった。随分と遠回りにはなるが、それも旅だ。時間はある。ならば、許される限り走っていよう。
木古内の町を過ぎると、国道228号はまた一段と海の際を走る。
函館湾の形をなぞるように、右手に海を見ながら進んでいく。そのうちに、海へと伸びる長い桟橋が見えてくる。太平洋セメントの上磯工場だ。2kmにも及ぶその長大な桟橋は、沖に停泊するタンカーにセメントを積み込むために造られた。これもまた、この土地に根付く貴重なアイコンと言えるだろう。
この先は道路が4車線に増える。目指す函館市内はもうすぐだ。
谷地頭は公衆浴場に入りに行っていたのだが、ここは宿の湯船がすでに温泉なのだからありがたい。ほんの少しぬるっとした手触りを感じる泉質は、やはりナトリウムの成分なのだろう。谷地頭よりも濃いめの入り心地が、自分には好みだ。いい宿を見つけたようで、とても満足だった。
函館最後の夜は、お決まりの『ラッピ(ラッキーピエロ)』と行きたかったのだが、残念ながら湯の川には店がない。夕涼みがてら川沿いを散歩し、ラーメン屋で夕飯を済ませた。
今日はよく走った。心地よい疲労感で、あっという間に眠りについた。
【8/19の走行距離:466.4km、宿:函館 ホテル湯の川】
(つづく)